
「自動車保険の更新が本当に楽しみです」などという人は決していません。 納税や小切手帳の照合と並んで、なるべく避けたい義務的な作業の一つです。 今、そんな現状を変えようと、オランダのある企業が全力で取り組んでいます。
Achmeaは、保険に特化したオランダ最大の金融サービス企業の一つです。 同社では加入車両の年式に注目しており、 車両の老朽化が進んでいると判断した場合には、顧客に連絡し、補償額を減額して保険料を節約することを提案しています。
長期的な顧客価値の創出

こうした短期的な負担は、長期的な戦略の一部です。 Achmeaは、顧客を新しい視点から捉えている先進的な企業の一例です。 また、次の販売に注力するのではなく、顧客との関係全体を通じて、その顧客が自社にもたらす総価値を表す顧客生涯価値(CLV)を目標にしています。
これは、短期的な収益の獲得は断念する場合もあるということですが、Achmeaは長期的な関係を築くうえで必要なことには何にでも取り組もうと考えていると、同社のオムニチャネルパーソナライゼーション担当マネージャーであるイェルーン・ダイクストラ氏は説明します。
「お客様に長期にわたってご利用いいただければ、その間に他の商品をクロスセルする機会も増えます。 当社は、お客様にご満足いただき、生涯価値を高めることに注力しているのです」

CLVは、これからのマーケティングで大きく注目される指標です。 ガートナーでは、今年はマーケティング予算が企業収益の9.5%に達し、2021年の6.4%からさらに上昇すると予想しています。 この増益分の大半は、顧客と長期的な関係を構築するためのプログラムやテクノロジーに充当されます。
Pegaの2022年の「マーケティングの未来」調査は、複数の業界の750人のマーケティング担当者を対象に実施されました。 その結果、25%が単発の販売やROIよりも、CLVを重視していることがわかりました。 また、残りの60%も将来的にCLVの重視を予定しています。

パーソナライゼーションがもたらす効果
この調査からは、CLV、大規模な人口動態や行動セグメントを対象としたばら撒き型マーケティングキャンペーン以外の取り組みが重要であることが示されました。 ばら撒き型の手法にはほとんど効果がありません。企業や組織から的外れでタイミングのずれたメッセージを送り過ぎると、かえって顧客を不快にさせる場合もあります。
今後、CMOの役割は、顧客に対する理解を深め、パーソナルな体験の提供を進める方向に転換していくでしょう。 ワンツーワンのインタラクションを数値化する指標を重視することになります。 たとえば、アンケート回答者のうち、39%が顧客離れを抑えるため、28%が顧客へのクロスセルを促進するため、27%が企業イベントへの登録を増やすために、KPIの使用を予定しています。
英国の大手通信企業BT社でパーソナライゼーションを専門とするマーケティング担当者、キュリグ・ジョンストン氏は、「どの顧客も、当社とのインタラクションが有益であり、パーソナルで自分のニーズに合っていると感じているはずです」と述べています。
しかしながら、持続的な関係を築くには、個人との関わりだけでは限界があります。 そこでキュリグ氏のチームは、世帯全体を対象にしたコミュニケーションも行っています。 また、ファミリープランで通信サービスを契約するユーザーも多いことから、家族とのコミュニケーションをパーソナライズすることがより重要だと説明しています。
BT社のアプローチでは、製品とサービスにおける世帯全体としての価値を調べ、 家族にも個人にも一貫して同じサービスを提供するようにしています。 契約期間終了間際に、ある世帯には更新案内が届き、別の世帯には届かないという事態が起きれば、混乱や疎外感、販売機会の逸失につながるおそれもあります。
BT社では、ウェルカムジャーニーという教育的なオンボーディングプログラムによって、顧客が最初からプランのメリットを理解できるようにすることで、こうした混乱を回避しています。 また、ニーズや問題が発生したときの連携方法についても着目しています。 つまり、CLVのハブです。
「ウェルカムジャーニーによって、カスタマーエンゲージメントは2倍に上昇し、解約率も1/4に低下しました」とジョンストン氏はいいます。
マーケティング担当者は、最初のエンゲージメント後、顧客がアクセスするすべてのチャネルで一貫して定期的に顧客と接するための機能が一層重要になると回答しています。 Pegaの調査によると、76%のマーケティング担当者が依然としてソーシャルメディアを利用したマーケティング戦略を優先的に進めていますが、オムニチャネル戦略では、モバイルやパーソナライズされた手法、インフルエンサーやビデオマーケティング、体験型マーケティングにも注力していることがわかりました。
また、メディアだけでなく、メッセージも変化していくと予想されます。 企業のマーケティング担当者は、従来の営業やサービスのメッセージ発信にとどまらず、ソートリーダーとしての存在を確立しつつあります。

新しいテクノロジーへの投資
こうした戦略で重要な役割を果たすのが、パーソナライゼーションです。 たとえば、環境関連テクノロジーを専門とするIT企業であれば、顧客のエネルギー使用履歴に基づいて、エネルギー消費量の削減に関するアドバイスを提供できます。 銀行であれば、インフレ問題について説明し、預金者の消費習慣からインフレ問題を乗り切るヒントを提供することで、経済に対する専門性を示すことができます。
パーソナライゼーションを向上してCLVを促進するには、新しいテクノロジーが必要です。Pegaの調査では、回答者の57%が、マーケティングのデジタルトランスフォーメーションをサポートする投資を行う予定だと回答しています。 また、半数が「さらにデジタルに精通する必要がある」と回答し、約40%が「マーケティングはIT部門との連携を強化する必要がある」と回答しています。

インテリジェントオートメーションはインタラクションをパーソナライズするうえで重要なテクノロジーとなり、70%の顧客がこのテクノロジーにさらに投資を行う予定だと回答しています。 これには、Achmea社のダイクストラ氏が「パーソナライゼーションブレイン」と呼ぶ、リアルタイムインタラクションマネジメント(RTIM)プラットフォームを構築できるローコードプラットフォームが含まれます。 Forresterは、これを「顧客との好ましい接点を通じて、顧客ライフサイクルの適切なタイミングで、顧客の状況に関連した体験、価値、利便性を提供するマーケティングテクノロジー」と定義しています。
ダイクストラ氏は、CLVの完全性を高めるため、Eメールマーケティングやコンテンツ管理ソフトウェア、サードパーティ製および自社製の分析ツール、顧客体験の自動化やコールセンターソリューションなどのテクノロジーを追加しています。

サポートを受けた顧客は満足度も高い
こうした技術により、Achmeaは車両の年式を追跡し、自動車保険料の節約方法を提案することができました。 また、こうした技術は、顧客が自分の保険がニーズに合っているかどうかを確認できるセルフサービスツールの基盤にもなっています。
こうしたツールは、特に更新の時期に、顧客と継続的な関係を維持するうえで役立つとダイクストラ氏はいいます。 「保険料が増額される可能性があるため、多くの契約者は不安に思っています。 増額となった場合に、その理由を書面で説明することは難しいとわかりました」 そこで同社は、顧客が自分の保険が現在のニーズに合っているかを確認できるアプリを提供しています。
ダイクストラ氏は次のように述べています。「当然ながら、保険料を減額するお客様も出てくるというリスクはあります。 ですが、最終的にお客様に喜んでいただければ、お客様には契約を継続していただけますし、当社としても喜ばしいことです」
また、多くのマーケティング担当者は、AIがCLVを強化すると予測しています。 顧客の行動を調査し、さらにパーソナライズされた体験を提供する実用的なインサイトを抽出できます。 しかし、BT社のジョンストン氏が指摘するように、企業がこうした価値を提供できるようになるまでには、相当な時間を投じてデータハウスを整備する必要があります。
「結局、優れたデータ基盤なくして人工知能は実現できませんから、まずはデータの用意から始める必要があるのです」と同氏はいいます。
Pegaの調査によると、マーケティング担当者の間では、次世代型インターネットのWeb 3.0に対する関心も高まっています。 これは、従来の集中管理型プラットフォームから、分散型に進化したウェブになります。 暗号通貨や非代替性トークン(NFT)などの分散型金融ツールを活用し、デジタル台帳であるブロックチェーンがすべての基盤になります。
Web 3.0は現在も進化を続けており、多くのマーケティング担当者はその活用方法をよく理解できてはいません。 しかし少なくとも、ほとんどのマーケティング担当者はこれが新しい重要なチャネルであり、CLVを生み出すパーソナライズされた体験を提供できるものだと認識しています。 NFTはアートや楽曲などのユニークなデジタルアイテムの所有権証明書です。販売促進、ロイヤルティプログラム、投票率向上キャンペーンなどのインセンティブとしても利用できます。
マーケティング担当者は、CLVの利用を促進するには、常に基本に立ち返る必要があるといいます。 それは、顧客心理を理解し、顧客のニーズに合ったサービスの提供方法を確立することです。 これには、質の高いサービスを迅速かつ効率的に、安価に提供する適切なテクノロジーの活用が含まれます。
CLVを全面的に理解できているマーケティング担当者はいませんが、大抵はその重要性を直感的に理解しています。 顧客ライフサイクル全体を通じてさらに多くの価値を引き出し、競合他社との差別化を図るには、新旧のテクノロジーを組み合わせて活用する必要があることも理解しています。 投資をしない企業や組織は、衰退していくことになるでしょう。