

どの組織にとっても、変化を乗り切ることは重要です。しかし、患者の命を預かる医療業界では、リスクが非常に高くなります。
事前承認(PA)について考えてみましょう。 これは、処方した医薬品、検査、処置の提供について承認を得て、医療保険制度の下で償還を受ける資格を得るよう医師に求めるプロセスです。 American Medical Associationによると、10人に9人以上の医師が、PAの事務手続きの煩雑さが医療ケアの妨げになっていると回答しています。 約34%が、PAにミスがあったことで、担当患者の入院、長期障害、あるいは死亡といった重大な有害事象につながったと回答しています。
Cigna傘下の薬局給付管理企業であるExpress Scriptsでは、PAをミッションの中心に据えています。 患者ができるだけ安全かつスムーズに、また、安価に投薬や医療を受けられるよう取り組んでいます。 クラウドデータストレージ、コンピュータービジョン、RPAによるオートメーションなどのテクノロジーの進歩により、当社は日々、より質の高いサービスを提供できるようになっています。しかし、こうしたデジタルツールを効果的に活用するには、人間の共感力が必要です。

業務の拡大や効率化、そして最終的にはより良い患者転帰を実現するうえで変革が必要な場合には、ステークホルダー全員がその変革に参加する必要があります。
変更管理とは、人をサポートすることです。 業務の拡大や効率化、そして最終的にはより良い患者転帰を実現するうえで変革が必要な場合には、ステークホルダー全員がその変革に参加する必要があります。 知らない目的地に向かう乗客のように不安になるのではなく、ハンドルを握るドライバーになるべきなのです。
Express Scriptsでは、2つの大きな転換が進行中です。 まず1つ目は、当社の業務とデータのほか、保険会社、医師、メディケアやメディケイドを監督する政府機関など、当社のステークホルダーから提供されるデータをクラウドに移行することです。 2つ目は、旧式の事前承認プラットフォーム「Coverage360」から、より高度なテクノロジーを用いたエンタープライズクオリティの包括的な利用率管理プラットフォーム「OnePA」へ移行することです。
こうした変化の中で当社が学んだ教訓は、他のヘルスケア企業だけでなく、旧態依然とした業務形態から新たなデジタル業務形態への移行を目指すあらゆる組織にも役立つ可能性があります。

ヘルスケア企業が、データやアプリケーションプロセスのパブリッククラウドへの移行を一層進めている理由は明らかです。 McKinseyでは、産業界がクラウドに移行することで、2030年までに最大で1,400億ドルの利益が上積みされると予測しています。
しかし、さまざまな壁があるため、移行が遅れています。 サイバーセキュリティリスクの高まりや患者のデータプライバシーに関する厳しい規制を考慮すると、セキュリティへの懸念からクラウドへの移行を躊躇しているステークホルダーがいるのも無理はありません。
しかしながら、紙の処方箋への依存やFAXによるカルテ共有など、より根深い問題もあります。 2021年の米国連邦政府の調査によると、70%以上の医療機関で、いまだにFAXで医療データを交換しています。 これほどFAXの利用が多い状態で、どうすればクラウドにデータを移行できるのでしょうか。
2021年の米国連邦政府の調査によると、70%以上の医療機関で、いまだにFAXで医療データを交換しています。
Express Scriptsにとって、その解決策となるのは、信頼の構築です。 当社は、データの閲覧者や取扱者を厳しく制限するアクセスコントロールや、高度な暗号化基準について説明することで、信頼を築いています。 高度な監視システムについて、社内外に詳しく説明しています。このシステムでは、ニューラルネットワークを使用して、インシデントを検知するだけでなく、起こりうるインシデントを未然に防ぎます。
また、運用コストの削減、効率性と拡張性の向上、電力消費量が多く二酸化炭素を排出するデータセンターへの依存をやめることによる環境負荷の軽減など、クラウドの利点を全力で伝えています。
ただし、忍耐力と共感力が必要になる場合もあります。 ステークホルダーによっては、現時点でクラウドに移行する結論が出ないこともあるからです。このため、クラウドにデータを移行する準備ができていない加入医療機関向けに、クラウドを利用しないインフラも用意しています。 やがては信頼が深まると考えていますが、 物理インフラへの依存の軽減と、クラウドへの理解が深まれば、当社にとって、現時点では成功と呼べるのです。

Express Scriptsが最初に構築した製品は「Coverage 360」といい、対象となる事前承認は1種類のみでした。 近い将来、医薬品、検査、処置など、あらゆる種類の事前承認を管理するエンタープライズレベルのプラットフォーム「OnePA」に移行する予定です。 これにより、加入者体験の質を高めるだけでなく、患者転帰の改善を実現するシームレスな顧客体験を提供できるようになります。
これは大規模な変化であり、現在進行中ですが、完全な実現には時間がかかるでしょう。 現時点で、すでに多くのステークホルダーが移行を完了しており、新しい加入者を受け入れることでOnePAは有機的に成長しています。
この大きな変化を管理するうえで重要なのは、コミュニケーションです。 新しいツールの利用方法だけでなく、そのメリットについても、ステークホルダーと話し合うようにしています。
RPAによるオートメーションは、冗長な反復作業を削減するデジタルワークフローを実現し、人間はより価値の高い作業に集中できるようになります。 機械学習とOCR(光学文字認識)を利用することで、人間が手書き文字を読むのに手間取ることもなく、システムがFAXを「読み取り」、デジタルデータに変換します。
さらに、患者の方にもたらされる現実的な効果もお伝えしています。医薬品や検査、処置の承認を受けるために3人もの医師に電話する必要がなくなり、診断や治療、ケアの遅れを防ぐことができるようになるといった内容です。
最後の教訓は、誰もが自分の歩調に合わせて移行できるようにすることです。 「この日までにOnePAに移行してください」と指示するのではなく、「移行することで御社にプラスの効果を感じていただくために、当社はどんなお手伝いをすればよろしいでしょうか。 不安なことがあれば教えていただけませんか」と問いかけるのです。
それだけで、状況は大きく変わります。
新しいテクノロジーやプラットフォーム、ワークフローを導入するような大がかりな変化には、抵抗感がつきものです。 人間として、ごく自然な反応です。 今使っている古いツールが気に入らないとしても慣れてしまっているため、いざ新しいツールに変えるとなると、大きな不安が押し寄せてくるのです。 明確なコミュニケーションを図り、忍耐強く接し、ステークホルダーにもプロセスに参加してもらうことで、こうした不安を和らげることができます。
変化に抵抗を感じるのが人間の自然な反応であるように、変化を押し付けるのではなく、変化に参加してもらうことで信頼を得られれば、人は心を開き、行動を変えるようになるのです。